Dormitory Life

ドミトリー・ライフ

近くにいる家族。

2022年5月19日(木)

いうまでもないことだが、学生寮には、進学をきっかけに国内外のいろいろな場所から学生たちが集まってくる。余裕があれば事前に内覧もできるが、遠方にいるのだから、それもなかなか大変だ。だから、地図や写真、間取り図など、いろいろな情報を手がかりにしながら住まいを決めることになる。SIDにかんしては、つい昨年の春に入居がはじまったのだから、体験談も口コミもない。「完成予想図」を眺めながら、考えることが多かったはずだ。

今回話を聞いたのは、湘南藤沢国際学生寮(SID)に暮らす川野涼花さん総合政策学部2年)*1。昨年の春、宮崎市から藤沢市へ。完成したばかりのSIDで暮らしはじめた。入学を決めてから物件探しが本格的になって、すでにそれほど選択肢は残されていなかったという。たしかに、ピーク時には次々と契約がおこなわれているはずだ。そんななか、「国際」と「新築」がとくに魅力的なキーワードになった。もちろん、はじめての一人暮らしだから、大学のそばだと安心だし、友だちだってつくりやすい。

川野さんにかぎらず、2021年度の入学生は、前年度と同じようにCOVID-19の影響を強く受けた。春学期の最初の数週間はオンキャンパスの授業があったので、まずは「徒歩1分」という好立地を満喫できたはずだ。図書館(メディアセンター)や体育館(ジム)も、すぐ近くにあるわけで、便利なことは間違いない。だが、昨年はゴールデンウィークの直前に3回目となる「緊急事態宣言」が発出され、6月には一度解除されたものの、また数週間後に4回目が発出されて、授業はふたたびオンラインに戻ってしまった。

「ステイホーム」は、つまり寮で過ごすということだ。歩いてわずかのところにいながら(部屋によっては窓からキャンパスが見えるはず)、寮の「外」に出ることができずにいるというのは、歯がゆいような悔しいような、そんな想いだったのかもしれない。授業も食事も勉強も自由な時間も、概ねのことが寮のなかで完結するわけだが、一人ではなかった。誰かと一緒の「ステイホーム」に、ずいぶん救われたのではないだろうか。食堂や中庭を望むラウンジ(共用スペース)に行けば、誰かに会える。とくに最初に入寮したどうしで、すぐに打ち解けていたという。別々の授業を視聴していても、すぐそばに誰かの気配を感じることができる。その温もりの大切さは、いまぼくたちがあらためて実感していることだ。

秋になると、留学生たちの入居がはじまった。そのころ、川野さんは帰省中だった。つまり、自分が寮を離れているあいだに引っ越しがあり、秋学期の前に寮に戻ったら、知らない学生たちが増えていたというわけだ。いきなり「国際」の雰囲気になって驚いたようだが、最初の数か月で培われたつながりのおかげで、留守中でもみんなの話題になっていたらしい。離れていてもウワサになるというのは(悪いウワサでないかぎり)、愛されている証拠だ。あたらしく入居した学生たちは、すでに川野さんの名前だけは知っているという感じで、話しかけてきたという。

今年の春には、あたらしい入居者を迎える立場になった。「先輩」として、SIDでの暮らしにかぎらず、大学生活について、自分の体験を語ることができる。川野さんは、ガイダンスの時期に、友だちと一緒に「履修相談会」のような集まりを企画したそうだ。どの科目をえらぶのか、煩雑な手続きはどうするのか。すぐそばにいろいろと教えてくれる「先輩」がいるのは、考えただけでも心強い。もちろん、大学も寮を運営する事業者も、寮生たちのことを想っていろいろな面からサポートを試みているはずだ。だが、寮生たちが自発的にお互いを見まもり、助け合う。まだはじまったばかりだが、少しずつSIDの「寮風」(りょうふう)ともいうべきものが育ちつつあるのだろう。

【写真提供】川野さん

SIDでの暮らしをふり返って、よかったこと。やはり友だちができたことの価値が大きいという。COVID-19の影響は、さまざまなところに及んだ。授業の開講形態のことだけではない。たびたび指摘されているように、そもそも「ステイホーム」が続き、画面越しのやりとりばかりでは、誰かと知り合う機会はほとんどない。川野さんは寮での暮らしをえらんだことで、ごく自然な成り行きで、たくさんの友だちができた。その意味では、学生寮は、COVID-19による窮屈さを乗り越える逞しさを持ち合わせていたということになる。

川野さんは、SIDで学生生活をスタートさせたことで、サークルや授業など、他のつながりへの欲求がむしろ弱くなったのかもしれないとさえ思っている。それほど強くて大切な紐帯はどういうものなのだろう。川野さんは、ためらいなく「家族みたい」ということばを口にした。たしかに、宮崎に暮らす家族よりも、はるかに頻繁に顔を合わせている友だちだ。なにしろ、一つ屋根の下で、この大変な時期を一緒に「生き延びた」仲なのだ。

このあいだ話を聞いた山下くんは、寮生活が楽しくて、すでに4年契約に変更したと教えてくれた。その話が印象に残っていたので、似たような質問をしてみた。「どうなんだろう」と、考え中のようすだった。だが、すでに2年目の生活がはじまっていて、「国際」に惹かれて入居したことを考えると、まだまだ留学生とのかかわりが足りないと感じているようだ。寮のなかで、もっといろいろな交流の機会をつくりたい。そう語ってくれた。ぼくの勝手な想像だが、川野さんにとってSIDはかなり大切な場所になっている。引っ越すことを考えはじめたら、すぐに寂しさや名残惜しさに包まれて、結局のところは、この先もSIDの「先輩」として、新入生たちを迎えながら過ごしているように思う。

*1:今回は、「研究会」の学生経由で紹介してもらうことができました。2022年5月14日、川野さんと1時間ほど話をして、この文章をまとめました。🙇🏻ありがとうございました。あまりがんばりすぎないように、少しずつ「ドミトリー・ライフ」について綴っていくつもりです。