Dormitory Life

ドミトリー・ライフ

働きながら暮らす。

2022年6月16日(木)

日本人の平均通勤時間を調べてみたら、1時間19分だった*1。なるほど、ぼくは平均的なのだと思っていたら、往復の話だった。つまり、片道だと平均39分程度だということになる。ぼくたちが通うキャンパスは、都心から50km。もちろん、いまわかったことではないが、通勤・通学はなかなか大変だ。片道2時間くらい(あるいはそれ以上)かけて通っている学生もいるはずだ。
なんとなく、寮で暮らしているのは、海外や比較的遠いところから、大学進学を機にやって来た学生たちだと思っていた。だから、まずは故郷から遠く離れて遠藤まで来たことについて、聞いてみようという気になる。今回は、この前の川野さんに紹介してもらって、湘南藤沢国際学生寮(SID)に暮らす馬場花梨さん総合政策学部3年)に話を聞いた*2。馬場さんの実家は川崎市。キャンパスまで通えない距離ではない。

馬場さんは、2020年の春に入学した。すでに2年以上前になったが、あの年の春学期はCOVID-19の影響で、すべての授業がオンラインで開講されることになった。学生のみならず教職員も、緊急事態宣言とともに「ステイホーム」になった。キャンパスに入れないのだから、(妙な言い方だが)一昨年は、どこにいても同じようなものだった。一人暮らしを決めてキャンパスの界隈に引っ越していたのに、契約を取りやめて実家に戻って大学生活をはじめた新入生もいる。馬場さんも、はじめてキャンパスに入ったのは2年生になってからだったという。
もともと、(実家を離れて)一人暮らしをはじめたいと思っていて、たまたまウェブで「RA募集」の記事を見かけたのがSIDに引っ越すきっかけになった。「RA」はレジデンス・アシスタントの略で、寮生たちの「世話人」として大学が募集する。募集要項に記載されているおもな業務は、たとえば留学生一斉入居時のサポート、留学生用オリエンテーションの手伝い、留学生の退寮サポート、留学生を対象とした日常生活のサポートや学生同士の交流企画の立案と実施、RA 活動報告書の提出(月1回) などだ*3
名称はちがえど、学生寮にはそのような役目を担う学生が住んでいることが多い。自らが暮らす寮で働いて、報酬をえる。それが、(多少なりとも)家賃補助になるというわけだ。馬場さんは、昨秋からなのでまだ寮生としての日は浅いが、じつは、RAとしては「古参」らしい。いまは、他のRAたちとともに、暮らしの現場のなかで仕事をしている。

馬場さんの場合は、これまでに話を聞いた二人とは、ちょっとちがうライフスタイルがあるようだ。実家に帰ろうと思えば、帰ることができる。たとえば、翌朝に都内で約束があるような場合には、前日に実家に移動しておく。もちろん、逆もある。都内にいて夜遅くなったら(たとえば終電を逃すような場合には)、遠藤ではなく実家に帰ることができる。いわば「2拠点」の生活が成り立っているということだ。これは、たしかに便利なはずだ。通常「2拠点」で暮らそうとすると、家財道具を2セット揃えることになる。もちろん、いろいろなやり方はあるはずだが、2か所を行き来できるように整えるのは「物入り」であることはまちがいない。その点、寮(SID)の個室には「デスク、本棚、チェアー、昇降ワゴン、マットレス付ベッド、ワードローブ、エアコン、2ドア冷蔵庫、照明器具、インターネット(Wi-Fi完備)、カーテン、物干し竿(バルコニー用)」といった備品をはじめ、共用(貸出用)の掃除機やアイロンなどが準備されている*4。だから、面倒な準備や買い物からも解放される。くわえて、SIDについていえば、まだ2年目のあたらしい建物だ。一人暮らしは、寮だとはじめやすいということだ。

【写真提供】馬場さん

これまでに、いくつかの学生寮を見学する機会があった。それぞれに運用ルールがあるが、SIDでは(セキュリティへの配慮から)フロアごとにアクセスが制限されている。同じフロアに暮らしていれば、各フロアにある共用スペースに集うことはできる。だが、フロアをこえたつき合いになると、窮屈なこともある。そのこともあってか、みんなで集まる場所は、1Fの食堂になることが多いという。きっと、食べ物や飲み物に近いのも、人が集まる理由と無関係ではないはずだ。「行けば誰かがいる」というごく単純なことのようで、それがごく自然に実現するのは、やはり学生寮のいいところだろう。

いうまでもなく、食堂は集まるためだけの場所ではない。個室に電気ポットや電子レンジなどがあれば、部屋から出ることなく食欲を満たすことができる。それがかなわなければ、1Fまで下りなければならない。同じ建物なのだから、たいしたことでもないようで、きっと面倒なのだろう。億劫になる気持ちは、なんとなくわかる。馬場さんは、各フロアのどこかに共用の電子レンジでもあれば、ずいぶん暮らしが変わるのではないかという。たしかにそうだ。おそらく、電子レンジを買うこと自体はそれほど難しくはないだろう。仮に置くことができたとしても、肝心なのはその先だ。手入れやメンテナンスは誰がやるのか。誰かと一緒にモノを共用し、綺麗に使っていくために、おそらく簡単なルールをつくることになる。ルールができると、それを守ることが求められ、結局のところは融通が利かなくなって、ルールに縛られてしまうことさえある。共同生活のなかでの創意くふうは、実現までに手間ひまがかかるということを、RAの立場で実感しているようだった。

誰でも、いずれは寮生を「卒業」する日が来る。ずっと、寮に住み続けるわけにはいかない。馬場さんは、ひとまず今年度の終わりまではSIDで暮らすことに決めたという。来春からは4年生になるので、どうなるのだろう。 RAとして入居時のサポートをしながら暮らし、やがてはじぶん自身が退寮する。その仕事ぶり、つまりSIDへの想いや貢献は、続く入居者たちにもきちんと引き継がれてゆくはずだ。

*1:総務省統計局「平成28年社会生活基本調査」

*2:2022年5月30日、馬場さんと1時間ほど話をして、この文章をまとめました。🙇🏻ありがとうございました。

*3:慶應義塾大学 国際センターのページより。 https://www.ic.keio.ac.jp/intl_student/housing/ra_boshu.html

*4:湘南藤沢国際学生寮 https://www.n-jisho.co.jp/shonanfujisawa/