Dormitory Life

ドミトリー・ライフ

ドミトリー・スタディーズ(報告書)

今年度(とくに秋学期から)すすめてきた「ドミトリー・スタディーズ」は、学生(寮生)と教職員、管理事業者が一緒に学生寮(Ηヴィレッジ)での暮らしについて考えるプログラムです。いろいろな大学の国際学生寮の見学に出かけた報告、座談会などを中心にまとめた報告書が完成しました。配布や公開の方法については、これから具体的に考えることになります。

◎ドミトリー・スタディーズ活動報告書(2024):Dormitory Studies(慶應義塾 未来先導基金 公募プログラム)

  • A4版変形(210*210mm)本文40頁
  • 2025年3月7日 発行

目次

  • はじめに(宮下 和之)
  • Hヴィレッジによせて(野中 葉)
    • 早稲田大学 国際学生寮 WISH(鈴木 咲也)
    • 上智大学 祖師谷国際交流会館(中島 羽那)
    • 国際基督教大学 グローバルハウス・樅寮他(喜納 天志)
    • 立命館アジア太平洋大学 APハウス1, 2 , 5(中村 賢太朗)
    • 九州大学 ドミトリー1, 3(小栗 章太郎)
    • 国際教養大学 こまち寮・つばきヴィレッジ他(飯尾 美咲)
    • 神奈川大学 栗田谷アカデメイア(鈴木 咲也)
    • 中央大学 国際教育寮IRC(大島 元)
  • ドミトリー・スタディーズ プログラム 座談会
  • 「ドミスタ」でゆくのだ(加藤 文俊)
  • ドミトリー・スタディーズ プログラム 活動概要
  • ドミトリー・スタディーズを終えて(植原 啓介)

「ドミスタ」でゆくのだ

Ηヴィレッジとのかかわり

ぼくの記憶が正しければ、「ウエスト街区」の計画に直接的にかかわるようになったのは、2019年の2月ごろからである。いまでこそ「Ηヴィレッジ」という呼称があるが、その頃は「ウエスト街区学生寮計画(仮称)」だった。大きな計画用地の東側(イースト街区)では、すでに「滞在教育研究施設」の整備がすすんでいた。

当時、ぼくは学内の「未来創造塾委員会」の委員長を務めていた。その委員会では、もっぱら「イースト街区」のことを扱っていたのだが、こんどは西側の敷地のほうも動きはじめるということだ。学生寮の構想実現に向けて、「キャンパス側窓口」になるよう「ご指名」をいただいた。もちろん、ゼロから学生寮を構想するわけではない。設計、施工、管理などは、(紆余曲折を経ながらも)すべて大学の事業として調整がはじまっている。「キャンパス側窓口」というぼくの役目は、ひとことでいえば「調整役」である。これは、なかなか面倒だということはわかっていたが、なぜかそういう役目を負うことが多い。たとえば、すでに決まっていることを、同僚たちに伝える。そうすると、「聞いていない」と反応がある。細かなことを決めようと提案すると、「もっと気の利いたやり方がある」と突き上げられる。さまざまな〈声〉を穏やかに吸い込みながら、「上」とやりとりする。

2019年の春ごろから定期的に会議が開かれるようになり、「窓口」としての仕事を続けた。その後の経緯については、ここでは触れないが、いまにいたるまでにはさまざまな議論があり、要所要所の大切な意思決定は、COVID-19の影響下にありながら行われたことも、記憶に留めておきたい。2021年7月の地鎮祭を経て学生寮の建設は順調にすすみ、「ウエスト街区」ではなく、Ηヴィレッジという施設名称で呼ばれるようになった。図面で眺めていたΗヴィレッジが、少しずつ建ち上がっていくようすを眺めながら、寮生活のありようについてあれこれと考えてみようと思った。学生たちの暮らしは、どのようなものになるのだろうか。COVID-19の体験を経て、キャンパスや共同生活は変わってゆくのだろうか。

古くてあたらしい

Ηヴィレッジは「未来創造塾事業」の一環として結実したものであるが、そのはじまりは、2007年まで遡る。もちろん、1990年のキャンパス開設時から「レジデンシャル・キャンパス」を標榜していたのだから、さらに昔から構想があたためられていたといえる。

開寮に先だって、Ηヴィレッジのウェブサイトをつくることになり、コンセプトや説明文をまとめた。業務としての一面もあるが、ぼく自身の興味もあって、いくつかの資料にあたっていたところ、寄宿舎にかんする記事に出会った。慶應義塾の歴史を辿ると、かつてはキャンパスのなかに寄宿舎があったという。たとえば『三田評論』(2017年4月)の論考によると、三田の丘には、400人を収容する寄宿舎があった。学生のみならず教職員も住まい、食卓を囲んだらしい。まさに、暮らしのなかに「塾」があった。それは、「実学」の精神を具現化した姿だったといえるだろう。

やがて、たとえば教室を増やすなど、さまざまな事情で寄宿舎はキャンパスから切り離されていった。毎日の時間の流れが細かく刻まれ、いまでは暮らしと学びを分けることに慣れすぎてしまった。時代は動き、ぼくたちの生活スタイルも大きく変わった。とりわけこの数年は、自由に出かけることも人と会うことも制限され、キャンパスのありようについて問い直す機会が多くなった。まさにそのタイミングで、キャンパスのなかにΗヴィレッジが完成したのである。

『福翁自伝』を読むと、随所から当時の「塾風」が伝わってくる。160年前の書生たちは、とにかくよく勉強したようだ。いつ、どこにいても学ぼうとする。知的な没入は、時間が経つのを忘れさせるものだ。だからこそ、学びと暮らしを切り離すことなく、近づけておきたい。寝食をともにしながら学び、自由闊達に語らう。書を読むこと、学ぶことを日常の中心に据えて暮らす。そんな想いを込めて、Ηヴィレッジを語るための大切なコンセプトとして「暮らしながら学ぶ、学びながら暮らす」を掲げることになった。「塾」の成り立ちを考えるならば、さほどあたらしいものではないかもしれないが、〈いま〉の時代に合わせたかたちで学生寮を考えていくことになる。

森をひらく

2023年3月31日、Ηヴィレッジの開寮式がおこなわれた。キャンパスのなかにある国際学生寮としての、あたらしい歴史がはじまった。当日は、湘南藤沢キャンパス(SFC)開設時の式典を想いながらくす玉が用意され、全員がおそろいのパーカーを着て集まった。いよいよはじまる、という高揚感があった。

すでに述べたとおり、開寮に向けて、暮らしと学びを一体化させることを強調してきた。もう一つ、たびたび口にしていたのは「森をひらく」ということだ。1990年に開設されたキャンパスは、木々で囲まれるように設計されている。年月を経て木々は生長し、ぼくたちの学究活動は、少しずつ森に隠されていったのだろうか。通りをはさんだところにある看護医療学部や健康マネジメント研究科からも、すぐそばでありながら、見えづらくなっているのかもしれない。キャンパス開設から30数年が経って、森の一部がキャンパスの「外」に向けて「ひらかれる」ことは、周辺の地域との関係にも変化をもたらしうる、象徴的な出来事だといえるだろう。Ηヴィレッジは、その直接的なきっかけをつくった。2022年8月、森が「ひらかれた」のを目撃した。木々が伐採され、北側に工事中の建物(共用棟)が姿を現した。さらにその奥には4つの大きな居住棟が連なっている。森に覆われていたキャンパスに、あたらしい風が吹き、ちがう光が差すようになった。

慶應義塾には、いくつもの国際学生寮があり、その運用にかんするノウハウが蓄積されている。たとえば学生がレジデント・アシスタント(RA)となって、留学生をサポートする仕組みも整えられている。だが、Ηヴィレッジは、オンキャンパスの学生寮として唯一のものである。キャンパスを「庭」のように眺めながら暮らすスタイルは、これまでになかった。さらに、森が「ひらかれた」ことで、近隣との関係のありようについても、これまで以上に丁寧に向き合っていかなければならない。

開寮までの道のりにはいろいろなことがあったが、Ηヴィレッジの歴史は、まだはじまったばかりだ。「ドミトリー・スタディーズ」プロジェクトは、学生(寮生)、教職員が集い、運営事業者とも連携しながら、これからの「Ηヴィレッジ」のありようを考える機会として提案したものである。

キャンパスの「外」へ向かう

「ドミトリー・スタディーズ」プログラムの中心的な活動は、他大学の国際学生寮を視察し、学生や教職員と意見交換をおこなうことだった。開寮後は、定期的に「Ηヴィレッジ運営協議会」が開催されているが、「暮らしながら学ぶ、学びながら暮らす」というライフスタイルを考え、実践するための想像力を育む必要がある。もとより、他大学の実情については知らないことのほうが多い。ぼくたちこそが、もっと学ばなければならない。先行的な取り組みに触れることで、Ηヴィレッジの個性について考えることができるはずだ。旅をすることの価値は、さまざまな試みを自らの目で確かめ、身体ごと感じることにある。それぞれの現場で蓄積されたノウハウは、もちろん知識として役立つものであるが、なにより、直接体験こそが学びの源泉だ。いま、ふり返ってみると、発見や気づきがたくさんあった。

たとえば、印象に残っているのは、秋田国際教養大学(AIU)でのやりとりだ。字句どおりに再現はできないが、大学が企画・実施する(キャンパス全体に向けた)イベントと、寮生向けのイベントはどのように調整されているかを訊ねた。ぼくたちにとっては、不自然に感じる質問ではなかったが、なんとなくかみ合わないような雰囲気になった。AIUでは、およそ9割の学生が寮生活を送っている。その状況においては、わざわざ「大学のイベント」と「寮のイベント」を分ける必要はない。というより、分けるという発想自体が生まれないのだろう。つまり、AIUでは大学のイベントは寮のイベントであり、寮のイベントこそが大学のイベントとして理解されている。言われてみればあたりまえのことなのだが、ぼくたちは、Ηヴィレッジの状況を前提に問いかけていたのだ。

些細なエピソードのように聞こえるかもしれないが、キャンパスの「外」に赴き、いくつもの現場を目にすることは、ぼくたちの常識を揺さぶり、「あたりまえ」を疑い続けるのに役立つ。国際学生寮での暮らしが、穏やかなものであることを願うが、いっぽうでぼくたちが、自身の「常識」に埋没してしまうことは避けたいものだ。

この報告書には、視察で訪れた8つの国際学生寮にかんする報告が収録されている。参加したΗヴィレッジの学生メンバーたちが、実際に現場で見たこと・感じたことを綴っている。とくに、ハウスリーダー(HL)やユニットリーダー(UL)、レジデント・アシスタント(RA)といった立場で「Ηヴィレッジ」での暮らしにかかわっていく上で、それぞれ役割や責任の範囲などを調整することは優先的に取り組む必要があるだろう。

ドミトリー・スタディーズから「ドミスタ」へ

本プログラムは、学生(寮生)、教職員、運営事業者が密接にかかわり合いながら、すすめられた。何度かの視察を終えて、ミーティングの席上で、学生たちが「ドミトリー・スタディーズ」のことを「ドミスタ」と呼んでいることを知った。略称が流通しはじめたということは、それなりに「ドミスタ」ということばがつかわれていることの表れだろう。つまり、学生たちの日常生活のなかで、このプログラムのことが多少なりとも話題になっているということだ。若い世代がいろいろなことばを略して呼ぶことには、いつも閉口気味だが、「ドミスタ」については受け容れることにした。

「ドミスタ」は、「未来先導基金」のサポートをえてはじまったもので、国際学生寮での学びと暮らしを考える主役は学生たちである。教職員は、きっかけづくりになりそうなことを考え、基本的には寮生たちの背中を押すのが役目だ。その意味では、「ドミスタ」がことばとして受け容れられ、Ηヴィレッジのみならずキャンパス全体へと広がってゆくことを目指したい。ひとまず、この呼称が飛び交いはじめたことで、その第一歩を踏み出したと考えていいだろう。

「ドミスタ」は、さまざまな役割意識を越境するための仕組みだと考えることもできる。寮に暮らしていれば、学年や所属学部、専門領域などといった属性を比較的容易に飛び越えることができる。なにより、目の前には日々の暮らしがあるからだ。「ドミスタ」は、発展途上ではあるものの、学生、教職員、運営事業者が、ふだんの役割を担いつつも、お互いの境界を少しずつ緩めていく機会をつくる。まさに視察旅行のあいだは、寝食をともにする感覚に近かった。濃密な時間を過ごしたことによって、ある種の一体感が生まれた実感もある。

実際に、視察旅行を経て、ハウスリーダーたちをはじめとする参加メンバーとの距離が近くなったように思える。学生たちからの呼びかけで、視察旅行のあとで、ざっくばらんに話をする集まりが数回あった。教員と学生が語らうだけではない。細かいところは把握していないが、視察をとおして知り合った他大学のRAたちとのやりとりは続けられていて、いずれ交流会などのイベントを開く構想もあるという。参加メンバーたちのふり返りや議論は、その後も続いているのだ。

重要なのは、教室ではなく、キャンパスの「外」で生まれたつながりが起点となって活動が続けられているということだ。「ドミスタ」という公式のプログラムではあるものの、授業や部活などとはちがう、じぶんたちの暮らしに直結した活動が、自立的・自律的に動きはじめている。学生たちは、訪ねた8つの国際学生寮の特質をそれぞれの観点から理解し、Ηヴィレッジに転用・応用できるかどうかを丁寧に考えている。他大学に学べること、見習うべきことは参考にしながらも、「決まり事」を整えすぎて窮屈になったり、惰性や弛みによって寮生活が生気を失ったりすることがないように、自分たちの暮らしを整える。先行的に学生寮の運用を続けてきた大学のなかには、いわば「反面教師」的に位置づけるべき事例もありそうだ。時間を経るごとに細かいルールがつくられ、それによって動きづらくなることは、容易に想像できるからだ。幸いなことに、「ドミスタ」の参加メンバーたちは、すでに遠い未来に目を向けている。

スパイスとハーブ

「ドミスタ」は、まだはじまったばかりである。これからも、つねにΗヴィレッジの「外」を意識しつつ、さらに充実した活動が続いていくことを願っている。ところで、Ηヴィレッジの各棟は、すべてスパイスの名前にしようと考えられていた時期があった。毎日を刺激的に過ごすこと、個性を混ぜ合わせてあたらしい味を生み出すこと。賑やかで活発なイメージを描いていた。だが、「暮らしながら学ぶ、学びながら暮らす」とき、刺激だけではなく癒やしも大切だ。ぼくたちには、静かに流れる時間も必要なはずだ。そうした想いから、ハーブが加わった。それぞれの内面にも気持ちを向けながら、静かに見守り合うことも忘れずにいたい。

Ηヴィレッジは、構想の段階からいまにいたるまで、じつに多くのかたがたに支えられてきた。「ドミスタ」というプログラムも、数多くの出会いがあったからこそ実現した。一人ひとりのお名前を挙げることはできないが、ここに、みなさんへの感謝の意を表したい。ありがとうございました。

www.dff.keio.ac.jp

国際学生寮を見に行く(3)

2024年11月25日(日)

立命館アジア太平洋大学(APU) APハウス

「ドミトリー・スタディーズ プログラム」の2024年度の“山場”は、遠方への視察旅行である。年度内にひと区切りというプログラムだということもあって、三田祭(学園祭)で休講になるタイミングに集中的にいくつかの大学を訪ねることになって、下記のとおりの「弾丸出張」の旅程が組まれた。学生(Ηヴィレッジの寮生)、職員、教員、総勢15名で、「国際学生寮を見に行く」ツアーがはじまった。

  • 25日(月)大分県:立命館アジア太平洋大学(APU) *24日(日)に移動
  • 26日(火)福岡県:九州大学
  • 27日(水)秋田県:国際教養大学(AIU)

このプログラムを提案するさい、視察先の候補として最初に挙がったのが立命館アジア太平洋大学(以下APU)の国際学生寮である。APUは2000年4月に開設、そのタイミングで学生寮・APハウス1がオープンしている。学生数の増加に合わせるように、2001年にAPハウス2が竣工、資料によると、これら2つの寮は2007年に増設されているようだ。APハウス3(入学から約1年以上経過した学生を対象)、APハウス4(おもに国際交換留学生、大学院生が対象)は、キャンパスから離れた所にある。2023年には、あらたにキャンパスのなかにAPハウス5がつくられた。

APUのキャンパスは、別府市郊外の山(標高300メートルくらい)の中腹にある。遠くに、別府湾を臨むことができる広大なキャンパスで(逆に、市街地からは山の上にAPUの建物が見える)、教室などの建物から歩いて5分ほどのところにAPハウス1、2がある。噂には聞いていたが、ウチのキャンパスとおなじくらい(あるいはそれ以上に)、市街地から離れたところにある。キャンパスへと向かう坂道は、自転車では上れない。別府駅からAPUまで、ネットで経路を検索したら「徒歩」だと「3時間」という結果が出た。APUの学生や教職員が、別府の市街地を「下界」と呼んでいるのもわかる。

入学1年目の国際生は、キャンパスに隣接するAPハウス1、2、5(のいずれか)で暮らすことになっているので(合わせると、収容人数は1,200人以上)、最初の1年は「下界」から切断された「天空」で暮らす。学業と生活が密着して「天空」がつくられているのだから、ひとまず最初の1年間は、そのつもりで向き合うしかないのだろう。

APハウス2のエントランス

25日(月)の朝、APハウス2に集合してから、APハウス2、APハウス5、そしてグリーンコモンズを見学した。APハウス2は20年以上の歴史があるので、施設そのものはそれなりの時間の流れを感じさせるものだったが、さまざまなルールについては、試行錯誤を経て時間をかけて整えられてきたことがうかがえた。とくに、それを感じさせるのは、「レジデント・アシスタント(RA)」という学生団体の存在だ。他大学の例にもれず、APUでもRAによって寮生たちの日常生活が支えられている。

APハウス2

細かいことは省くが、RAは寮生活支援の学生スタッフ・学生アルバイトという位置づけで、「国際学生に安心・快適な住環境を提供すること」「 1年後の退寮・別府市内での居住に適応できるルールやマナーを身に付けさせること」「多国籍・多文化環境に適応する能力を身に付けさせることこと」といった(期待される)役割が明示されている。イベント企画やごみの分別など、さまざまな業務はあるが、役割がはっきりしているので、働きやすいのかもしれない。つまるところ、APハウス1、2,5での暮らしは「下界」に向かうためのトレーニングの場所なのであって、(学生たちは)長居はしないという前提のようだ。だからこそ、それに応じた運営や支援の仕組みが培われてきたのだろう。

APハウス5

APハウス5は、2023年に竣工したばかりで(Ηヴィレッジと同時期)、ピカピカだった。20年以上の歴史があるAPハウス1、2とくらべてしまうと、建物や施設そのもののあたらしさに目が行きがちだが、学生どうしがどのように交流するのか、暮らしのありようを反映させたデザインとして眺めてみた。
APハウス5で一番印象的だったのは、長いカウンターのあるシェアキッチンだ。寮へのントランスはひとつだが、男女で別棟に分かれるような造りになっている。そのふたつの棟をつなぐかたちでキッチンがある。


APハウス5の共用キッチン

この長くて大きなカウンターがあることで、カウンターの内と外で語らいながら調理や食事の時間を過ごすことができる。このキッチン以外にも、フロアの端にはちいさなキッチン/ダイニングがあって、ちょっとした休憩のときにも誰かと話ができるようになっていた。おそらく「ちょっとした」というところが大切で、授業と授業のあいだに休み時間があるのとおなじように、日常生活(寮生活)のなかにもいくつもの「余白」がある。部屋(寮)と教室(キャンパス)とを行き来するだけではなく、その中間にコミュニケーションの機会をつくることで、生活の質が変わる。

そのあとは、APハウス 5で、APUのRA、教職員との交流セッションがひらかれた。APUでは、「ハウスマスター」と呼ばれる教員が、学生たちの寮生活を支える役割でかかわっている。ウチでいうと、「学生生活委員会」の教員(委員長?)のような役回りということだろうか。今回の視察にあたってお世話になった田原先生は、「ハウスマスター」になってから、頻繁にAPハウスに泊まっているという。そのせいか、見ていると、出くわす学生たちとことばを交わし、和やかな雰囲気が生まれていた。APハウスには、「寮母さん」のような立場で常駐するスタッフがいないので、「ハウスマスター」の存在が重要なのだろう。

カフェテリアでお昼を食べて、ほどなくAPU視察は終了。その後、一同バスで博多へ移動。明日(26日)は、九州大学伊都キャンパスへ。

おまけ:2024年11月24日(日)

(前のりで寮に泊まってみた)25日から視察がはじまるので、このプログラムに参加しているメンバーの多くは、前日(24日)に大分入りした。APハウスは、教員やビジターが泊まれる部屋があるとのことで、Ηヴィレッジの学生も、何人かは24日の晩にAPハウスに泊まることになっていた。
せっかくなので(何ごとも、体験が大事だという想いで)、ぼくも前日はAPハウスに泊めてもらうことにした。25日の朝の集合場所がAPハウスだったので、ここに泊まれば、のんびりと朝の時間を過ごせそうだ。そう思った。

24日の晩は、別府駅のそばで懇親会があった。田原先生もAPハウスに泊まるというので、一緒にAPハウスに移動した。暗い夜道を通って山の上に向かう。Ηヴィレッジの学生たちも到着していた。部屋はシンプル。APハウス2は、2001年にオープンしたので、すでに20年以上が経つ。その年季は感じるが、清潔に保たれている。極上の眠りというわけにはいかないが、いわゆる「ドミトリー」の寝心地だった。

国際学生寮を見に行く(2)

2024年11月7日(木)

上智大学 祖師谷国際交流会館

「国際学生寮を見に行く」2か所目は、上智大学の「祖師谷国際交流会館」へ。成城学園前駅からバスで10分弱。静かな住宅地のなかにあった。四谷キャンパスまでは、60分くらいかかるはずだ。この学生寮は2012年4月に運用を開始しているので、10年以上の歴史がある(先日行った早稲田大学のWISHは、2014年3月に開設)。ただ、話を聞くと、施設(建物)自体は1993年に竣工、もともとは独立行政法人 日本学生支援機構(JASSO)が外国人留学生の寄宿舎として設置・運営していた「祖師谷国際交流会館」だった。

2009年秋に行政刷新会議が生まれ、そのなかで、この施設はいわゆる「事業仕分け」の対象となった。当時の資料「事業仕分け結果・国民から寄せられた意見と今後の取組方針について」*1を見てみると、いろいろな意見があったことがわかる。多くは、「仕分け」には反対だった。理由はシンプルで、政府の方針として、将来的に海外からの留学生を増やそうということなら、公共機関でそれを推進するのはごく自然なことだからだ。資料を見ると、同機構が運用していたいくつかの施設が大学等に売却され、それぞれの大学で学生寮として使われているようだ。


上智大学 祖師谷国際交流会館

ともあれ、この「祖師谷国際交流会館」は上智大学に売却され、建物はそのタイミングで改築されたらしい。「上智大学 祖師谷国際交流会館」は、大学の学生寮としての歴史は10数年だが、施設は30年ほど前に創られたものが「居抜き」で転用されているということだ。

上智大学は、当時の「国際化拠点整備事業(グローバル30)」の拠点大学のひとつであり、学生たちの受け入れ環境の整備をすすめていたという背景もある。ふだんはさほど意識することがないが、「ドミトリー・スタディーズ」は、こうした政府の方針などにも目を向けて考えていくことが重要だ。「国際」の二文字はもちろん大切だが、なにより、学生たちの生活をより豊かにすること、つまり「大学生活」は学業だけで成り立つわけではないという理解こそが求められている。
これは、COVID-19の影響下で暮らした経験からも実感することで、学生たちは、対面で人と接する機会を切望していたのだと思う。これまで、寮で暮らす学生たちと話すなかでも、あの数年間の孤独感・孤立感が話題になることは少なくない。

左:個室(フロアに15〜20室) 右:図書室

開設のタイミングで改築されたとはいえ、やはり30年の歴史を感じさせる施設だった。ウェブには、単身棟の個室が320室と書かれている(Ηヴィレッジと、だいたい同じくらいの規模だ)。現在は、50か国から、280人ほどが暮らしているという。レンガをもちいた外観も全体的にゆったりとした建物の配置も、いずれも落ち着いた雰囲気で、個人的には好きだった。
部屋はユニットではなく、それぞれのフロアに15〜20の個室が並んでいる。個室内は、これまで見てきたものとあまり変わらない感じがした。前身のころに整備された施設は、(多少の改変はありそうだが)ほぼそのまま使われているようで、カフェテリア、ビッグキッチン(カフェテリアキッチン)、ラウンジ、図書室、学習室、会議室、講堂、和室、音楽練習室、体育館、トレーニングルーム、テニスコートなど、充実していた。

1993年、つまり平成5年の竣工だが、ぼくから見るとやはり「昭和」を感じさせる、なんとなく懐かしい雰囲気があった。ラウンジや図書室、講堂などは大きな窓からたくさん日が差し込んで、周辺の穏やかな環境と相まって、暮らしやすそうに見えた(平日のお昼ごろに見学したので、おそらく学生たちはキャンパスに出払っていて、それで、なおさら静かで落ち着いて見えたのかもしれない)。


ラウンジ


カフェテリアキッチン(ビッグキッチン):前身のころの大きなキッチンがカフェテリアに併設されている。充実の設備。居住エリアは男女別になっているので、みんなで一緒に料理をして食べるようなときは、このキッチンが使われるらしい。

ここでは、2014年から「リビンググループ」という仕組みが導入されている。「リビンググループ」は「交流互助システム」で、つまりはフロアごと(15くらいの個室から成る)でひとつのまとまりになって、お互いにサポートし合うということだ。そして、それぞれの「リビンググループ」にはリーダー(リビンググループリーダー, LGL)がいる。大学によって呼称や役割(責任や権限)はことなるが、このLGLは、RA(レジデンス・アシスタント)のように、報酬(家賃補助)を受けながら、学習や交流のイベント企画をすすめるとともに、日常的にはフロア全体に目を配り、グループのことはなるべくグループで対応できるように務めるという。LGLのための研修や交流の機会も充実していて、リーダーとしてのスキルや意識の醸成に役立っているようだ。

今回も、学生どうしで意見交換をする機会を設けることができた。上智大学のLGLと、Ηヴィレッジの学生との話も、どうやら盛り上がったようだ。教職員・管理運営にかかわわるメンバーどうしの意見交換も面白かった。細かいルールというよりも、もう少し大きな生活信条のようなもの(ミッションとビジョン)をきちんと(ある程度厳格に)共有しておくことで、現場はより柔軟に動けるようになるのだと思う。10年以上におよぶ学生寮の運用をとおしてえられた知見・知恵に裏打ちされているからだろうか、マネージャーからも、学生センターのスタッフからも、余裕を感じた。

ぼくは、午後の授業があったため中座したが、今回も興味ぶかい視察になった。

*1:事業仕分け結果・国民から寄せられた意見と今後の取組方針について 文部科学省 https://www.mext.go.jp/a_menu/kouritsu/detail/1297185.htm

国際学生寮を見に行く(1)

2024年10月17日(木)

早稲田大学 国際学生寮(WISH)

さまざなま大学の国際学生寮を見学に行く「ドミトリー・スタディーズ」プログラム。これは、大学の基金(未来先導基金)から補助を受けて、教員、職員、そしてウチの学生寮(Hヴィレッジ)に暮らす学生たちとともにすすめるものだ。7月に採択が決まり、いよいよ動きはじめた。

かつては三田の丘に400人規模の寄宿舎があったが、いま、キャンパスのなかにあるのはΗヴィレッジだけだ。入寮がはじまって2年目、寮での暮らしかた、「寮風」のようなものは、少しずつつくられてゆく性質のものだと思うが、他大学の学生寮を訪ねて話を聞き、寮生たちと出会い、国際学生寮のありようについて学んでいこうというプロジェクトだ。
このプロジェクトの面白いところは、立場のちがう「みんな(学生、職員、教員)」で一緒に、全国の学生寮をめぐるという点だ。「みんな」のなかでも、いまHヴィレッジに暮らす学生たちが主役だといってもいい。もちろん、教職員が運用や管理について他大学の事例を知ることは大事だが、学生たちこそが、いろいろな寮生活の現場を実際に見て、じぶんたちの暮らしのヒントをえること。なにより、大学をこえて「寮生どうし」の交歓・交流のきっかけになればいい。そう思って企画したプロジェクトである。


これがWISH(Waseda International Student House)

そして、最初の視察は2014年3月に開設された、早稲田大学の「国際学生寮(WISH)」へ。中野駅から歩いて10分程度。定員872人という大きな建物だった。WISHは、4人ユニット。個室と共用のリビングルーム。洗面台はユニットのなかにあるが、トイレやシャワー、ランドリー、コミュニティキッチンは共用部(ユニットの外)にある。

左:ユニット内の個室 右:コミュニティキッチンにちいさなアイロンコーナーがあった。

これまでにもいくつかの学生寮を見学する機会があったが、ひと言で、面白い。寮の設えは、寮での生活をどのように理解しているかを表しているからだ。学生たちのふるまい、教育的なねらい、生活のありかた、多文化の共生への配慮など、学業と生活を一体的に考えて、それが寮という「形」になっている。サイネージや配色などに、他者と暮らすときの考えかたが映る。「管理」を考えるとルールが必要になる。「生活」するとルールは窮屈なものに感じられることもある。
実際に暮らす学生たちは、寮としてつくられた「形」と日々接しながら、創意くふうを試みる。より自然に、より快適に暮らすことができるようにさまざまな改変・改善(もちろん、できることとできないことがあるが)をくわえてゆく。その過程は、教室では実現しえない学びの機会になる。それは、コミュニケーションからはじまるのだと思う。


2Fのエレベーターのところにライブラリーがあった。ライブラリーはいいね。


もはや「おなじ釜の飯」ではなくて「私だけの釜の飯」なのか。一人ひとつの炊飯器?が並ぶ。なかには一升炊きのもあった!

多くの寮では、レジデンス・アシスタント(RA)として学生寮に暮らす学生たちがいる。同じ呼称でも、大学によってその役割や責務はちがう。いわゆる「ジョブ・ディスクリプション」(職務記述書)が細やかに記されている場合もあれば、もっとゆるやかなこともある。ウチの寮は、ハウス・リーダー(HL)、ユニット・リーダー(UL)、レジデンス・アシスタント(RA)という3つの役目があって、すでにややこしい。もちろん、そうなっている理由や経緯はあるのだが、そのあたりはわかりやすく整理するのがいいだろう。

見学が終わった頃合いに、WISHのRA数名にもくわわってもらえるよう、事前の調整がおこなわれていた。そこで、ウチの学生たちとともに別室に移動。学生どうしで話す時間をつくった(そのほうが、いろいろ「ぶっちゃけ」でそれぞれのRA事情を話すことができる)。いっぽうで、教員、職員どうしで運用面のこと、トラブル対応のことなどについて意見交換をした。いろいろと似たような課題に向き合っていることはたしかだ。全体の方針は決まっていても、一つひとつの「事件」は個別的に扱わなければならない。ルールを厳格につくりすぎると、じぶんでつくったルールに縛られることもある。だから、ある程度の「ゆるさ」を備えたルールをつくっておくのがいい。そのあんばいが、とても難しい。

ちがう大学のちがう寮でありながら、国際学生寮の現場に接しているどうし、話は尽きない感じだった。これを機に、またこういう機会をつくれればと思う。予定していた(いただいていた)時間を1時間近く過ぎて、ミーティングが終わった。別室で話していた学生たちも、かなり盛り上がったみたいで、もう少し話していたかったようすだった。もちろん、連絡先などは交換しているはずなので、今後はさらに別の大学の寮生たちとも知り合いながら、つながりを広げていければいい。

今回を皮切りに、いくつもの視察が計画されている。別途、経過などは報告書としてまとめていく予定だが、ひとまず無事に最初の視察を終えた記録として、記しておく。

Ηヴィレッジで展示(ORF2023)

2023年11月25日(土)・26日(日)

今年のORFは、4月に入寮のはじまったΗヴィレッジ(国際学生寮)のエントランスで展示をすることになりました。そんなことを提案(希望)する研究室は他にはひとつもなくて、ぼっちな感じで、寒空のなか、研究室の活動内容を紹介します。
◎ORF2023(加藤文俊研究室) https://fklab.net/orf2023/

穏やかな暮らし 

2023年3月27日(火)

7人目は、吉澤葵さん(環境情報学部2年)に話を聞いた*1。吉澤さんは、大学に進学した年の5月に「湘南藤沢国際学生寮(SID)」に入居したので、すでに1年半ほど寮生活を送っていることになる。実家は宇都宮(栃木県)。キャンパスが都内にあれば通うことができたかもしれないが、さすがに湘南藤沢キャンパスとなると、実家を離れて一人暮らしをはじめるしかない。
どこかに部屋を借りるか、それとも寮にするか。聞けば、すでにひと足先にSIDで暮らしはじめていた友人の紹介で、SIDが候補になったという。事前に内覧することはなく、友だちからの情報を手がかりに入居を考えた。なかでも、Discordのチャンネルが大いに役立ったという話は面白かった。音のこと(隣室の音は気にならないか)やクローゼットの大きさ、施設の使用感など、つまりは「住み心地」ということだと思うが、実際に暮らしている寮生たちの生(ナマ)の〈声〉が、SNSを介して共有されている。ウェブなどに載っている寮の(公式の)案内だけではわからないことが、たくさんあるのだ。まだSIDが完成したばかりのタイミングで、わずか数か月足らずのあいだにもさまざまな〈声〉が蓄積され、役立つ手がかりになったようだ。いうまでもないことだが、いまどきの部屋探しは、ぼくの頃にくらべるとずいぶんやり方がちがう。

一人暮らしは初めてで、いろいろと不安もあった。2021年度は、いまだにCOVID-19の影響下にあって、さまざまな制約のなかで学期がはじまった。実際には、大部分の授業がオンライン開講だったので、キャンパスに通うという感覚は希薄だったようだ。とはいえ、キャンパスのすぐそばで暮らしているので、メディアセンターにはよく足をはこんでいた。くわえて、自然が豊かなキャンパスは、公園のように使っていたという。キャンパスのそばに暮らすことの面白さは、キャンパスそのものをまるで庭のように使えるという点だ。以前のインタビューでも聞いた話だが、週末などはほとんど人影がない。だから、広大なキャンパスを丸ごと独占している気分になれる。

数はかぎられてはいたものの、いくつかの授業は対面で開講されていたので、キャンパスでの授業をとおして友だちができた。入学時に指定されるクラスは、メンバー構成によって温度差はあるが、吉澤さんのクラスではいい出会いがあったようだ。とりわけ1年生の最初の学期は、クラス単位で顔を合わせる機会も多い。キャンパスでの交友関係が充実している分、寮では、むしろ一人で静かに過ごすことが多いそうだ。 

食事は、たいてい注文している(SIDでは、食事は、希望に応じて都度注文する仕組みになっている)。食事のことは、とてもありがたいと思っている。もちろん自炊もできるのだが、共用のキッチンだから、順番を待ったりいろいろと気を遣ったりする。寮の食事は美味しいし、バランスもよくて健康的だ。また、食事が提供される時間帯が指定されているので、結果として毎日のリズムが規則的になって、生活習慣が保たれるのではないかと思っている。

【写真提供:吉澤さん】

実家には、頻繁に帰っている。寮での暮らしには概ね満足しているし、ホームシックだというわけでもない。それは、「初心を忘れないため」だという。キャンパスの近くにいて学業に没頭していると、「世の中」が見えなくなっているような感覚をおぼえる。それが、寮生活をすることの意義なのだが、実家の界隈で過ごすと、キャンパスの「外」にさらに大きな世界が広がっていることを実感できる。この両方の場所を行ったり来たりできるからこそ、全体を俯瞰できるような気がしている。

多くの授業がオンラインで提供されていたので、通信環境などが整っていれば、寮やキャンパス周辺にいなくても問題はない。だから、都内のインターンシップ先から授業に出席することもあった。この例を考えただけでも、COVID-19が、授業やキャンパス、ひいては大学生活のありように変化をもたらしていたことがわかる。誰もが自分にとって心地のいい「居かた」を求めるのだから、実際には、もっと細やかな調整や工夫があったにちがいない。一連の変化やあたらしい試みについては、引き続き「ドミトリー・ライフ」に近づきながら、理解していきたい。
キャンパスに湘南台駅と寮との行き来について、(多くの寮生たちの〈声〉だと想像するが)もっと遅い時刻までバスがあればいいと願っている。たとえば都内に出かけているときなどは、最終バスを気にしながらだと落ち着かない。最終のバスを逃した寮生たちは、駅でやりとりしながら、タクシーに相乗りして帰路につくという。 

すでに1年半ほど暮らしているので、寮では「先輩」になる。いろいろと期待されることはあるかもしれないが、自身の生活スタイルは変えずにいたい。寮に住んでいる友だちは、自分が一人でいることを認めている感じ。これが、ちょうどいい距離感である。寮生どうしのつき合いについて、心理的なプレッシャーを感じることもなく、必要なときには連絡を取ることができる。毎日だと疲れるし、まったく切り離されてしまうような感覚も不安だ。一人で穏やかに過ごすという自らの「居かた」について、あたらしい寮生たちにも伝えることができるとよいと思っている。賑やかな社交を寮に求めるなら、もちろんそれでよいし、自分のように(たぶん少数派だとは思うが)暮らすのもいい。いろいろなスタイルが協調しながら同居しているのが理想だろう。

1時間ほど話をしたが、全体をとおして堅実な暮らしをしているという印象だった。それは、性格によるところも大きいと思うが、いろいろな条件が整って好循環が生まれているように見える。キャンパス、寮、実家、そしてインターン先など、それぞれの場所がほどよい案配で配置され、リズムよく行き来をしながら自分の「居かた」を調整する。「ドミトリー・ライフ」は、学生寮だけで完結することはなく、他の場所や社会関係のありようとともにかたどられていることを、あらためて確認することができた。

*1:吉澤さんと話をしたのは2022年10月12日だったのですが、その後、ORF(オープンリサーチフォーラム)やフィールドワークの準備などに追われ、さらに年末年始から学期末へと慌ただしくなってしまい、記事にするのに半年近くかかってしまいました。大幅に遅れてしまったこと、記してお詫びします。この記事の内容は、取材当時のやりとりにもとづくものです。